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「ヨシヤの宗教改革」
B i b l e S t o r y 2025年9月28日 ・・・ 列王記Ⅱ 22:1-23:25 暗唱聖句 詩篇 119:11 『 私はあなたのみことばを心に蓄えます。 』 先週の学びで見たヒゼキヤ王は、神様に信頼するよい王様でした。しかし、その後に王となった息子のマナセや孫のアモンは、神様の前に正しい王ではありませんでした。アモンが謀反で殺されると、その息子のヨシヤがわずか八歳で王となりました。ヨシヤは十六歳の時に神様を求め始め、二十歳の時から偶像を取り除くことに力を注ぐようになりました。二十六歳になると、神様の宮の修理に取りかかります。その時、神様は律法の書を発見させるという出来事を通して、真剣に神様を求めるヨシヤに応えてくださいました。聖書には「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます」とあります。このことばの通り、神様を求めるヨシヤに神ご自身が近づいてくださったのです。 律法の書を発見し、その内容を知ったヨシヤは、長い間、国が神の教えに従ってこなかったことに気づいて衝撃を受けました。そして、涙を流して
「大きな喜びの知らせ」
2025年12月21日礼拝メッセージ ルカの福音書 2 :1-21 山本 進 牧師 キリスト教信仰は事実に依拠した信仰です。たとえば一世紀のある日、イエスは十字架刑に処せられて死んだのは事実です。私たちは事実を信じるとは言いません。ところがイエスの死は「私たちの身代わりとなる贖いの死です。」と受けとめたら、これは信仰で、信じる事柄です。 住民登録がありました。本籍地登録でヨセフとマリアはベツレヘムに向かいました。出産予定はまだ先だったでしょうが、イエス様はお生まれになりました。夜、野宿ができる頃でした。 御使いが野宿の羊飼いに会い、大きな喜びとして、罪の赦しという救いの救い主キリストの誕生とその確認のためのしるしを伝えます。そして喜びの賛美がありました。 私たちが見習うのは羊飼いの行動です。彼らは御使いの知らせを好意的に受け止め、それを確認するという思いで一致し、幼子を捜し、知らせのとおりであることを知り、自分たちの事実としました。 私たちも聖書を読み、受け止め、果たしてその通りかと確認して、その通りであったとき、それは個人的な神の導
「神の導き」
2025年12月14日礼拝メッセージ マタイの福音書 1 :18-25 山本 進 牧師 私たちの人生にたいへんなことが起きる。そのとき、どのように振る舞えばよいだろうか。ヨセフにならう。 まず、信仰者として振る舞うことを前提とする。すると、ヨセフは律法を守るということとマリアを守るという相反する事柄に出会った。このとき、彼なりに考えて結論を出した。それが神のご計画かどうか。ご計画でないときは神が介入してくださる。ヨセフの場合、夢に主の御使いが現れ、御心を伝えた。それはヨセフの考えの方向とは違っていた。ヨセフの場合、彼は受け入れ、従い、お委ねした。 私たちが問題に巻き込まれたとき、信仰者として、事態を見つめ冷静に考える。何が問題となるだろうか。信頼できる人に相談するなり、最終的に自分なりの結論を出す。それが主の御心だろうか。信仰的に考えてもよいし、普通に考えてもよい。 主のご計画の内に私たちの考えがあるなら、主はそのように導いてくださる。 ご計画とずれているなら神は介入してご計画を現してくださる。このときは、自分の考えから離れていくので
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