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「聖なる日を大切に」
2026年3月22日礼拝メッセージ 創世記 1 :26-2:3 辻村 潤治 牧師 神はこの礼拝(創世記2:3)を聖と俗に別つ時と教えておられるのではないでしょうか。全てのものを分けて創造されたように、聖と俗に分けるということで、最後の一日を聖とし、神と共に礼拝を行い、世俗の働きを止めることを、神は喜ばれるのではないかと思うのです。 このような礼拝を思うとき、現在の私たちの礼拝のあり方に三つの方向性があります。従来のような集まっての礼拝、インターネットを含む新しい技術を使った礼拝(礼拝者の場所を問わない礼拝)、そして二つの方法を使い分け、融合させてゆく礼拝。私たちはいずれかを選ぶような時が来るのではないでしょうか。良い所を伸ばし、不足な所を新しく補いつつ、一人一人が生かされ、大切にされた教会に築き上げられる時が来るのではないでしょうか。(文責 山本進) 【本日の聖句】『 神は第七日に、なさっていたわざを完成し、第七日に、なさっていたすべてのわざをやめられた。神は第七日を祝福し、この日を聖なるものとされた。その日に神が、なさっていたすべての創造
「神は罪や不法を思い起こさない」
2026年3月15日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 10 :11-18 山本 進 牧師 1.v11 古い契約の欠陥は人を完全にできないこと、罪を取り除くことが出来ないことです。では人はどのようにして救われるのでしょうか。二つのことが必要です。人の罪を取り除くことと、裁き主が罪と不法を思い起こさないことです。 2.罪を取り除く v12(成すこと)天上の大祭司キリストは罪のために御自身の地上のからだを人類すべての人の罪のためにいけにえとして十字架で献げられました。そして、よみがえられて、天に昇り、永遠に神の右の座に就かれました。v13(委ねること)その後は、神が人を誘惑して罪を犯させる敵を捕らえてご自分の足の下に置き、永遠のさばきをする日を待っておられるのです。すなわち、主にお委ねし、そのみわざが完結するのを待つのでした。なぜならv14キリストは、聖なるものとされる人々(ご自分を信じて救われる人々)の救いを永遠に完結されたからです。 3.罪と不法を思い起こさない v15著者はみことばを聖霊の証しと受け取ります。v16 新しい契約・イエスの十字架は
「聖なるものとされる」
2026年3月8日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 10 :1-10 山本 進 牧師 1.v1完璧を求めた著者 実用主義であれば神に近づく人々をまあまあにできる。それでよいかも知れませんが、著者は完璧を求めています。 2.v2~4影が完全ではない証 モーセの時代から続いている律法によるきよめは不完全であった。一度できよめられれば、もはや罪を意識することがないはず。でもそうでなかった。影では罪を取り除くことができないのでした。 3.v5~10新しい契約、キリストの方法 (1)神の備えと心情 v5「わたしに、からだを備えてくださる」著者は9:23「それ以上にすぐれたいけにえ」のことを語っています。雄牛や雄やぎに変わってキリストがいけにえになる。そのためのからだ。それは死なれて血を流すためのからだでした。 v6神はいけにえを喜んでいなかった 地上のきよめのささげ物は不完全のため、喜ばれていなかった。 (2)v7~9キリストの申し出 神が求めた完全ないけにえ。そのいけにえになる方の申し出がある。「今わたしはここに来ております。神よ。あなたのみここ
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