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「私たちの羊飼い」
2025年12月28日 ・・・ 詩篇23篇 暗唱聖句 詩篇23:1 『 主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。 』 先週は、主イエスが私たちの真の王としてお生まれになったことを見ました。主が正しい統治をするならば、民はその国で幸せに生きることができます。同じことは羊飼いと羊についても言えます。羊は弱く迷いやすい動物ですが、羊飼い(牧者)の適切な導きと守りによって、安全に生きることができます。この詩篇の作者であるダビデはイスラエルの良い王様として有名ですが、もともとは羊飼いでした。その経験から、羊の特徴や羊飼いの役目をよく知っていました。王になってからも、神との関係においては、神が羊飼いであり、自分はその羊であると実感していたので、この詩篇を作ったのです。 神であり王である主イエス御自身も、「わたしは良い牧者です」(ヨハネ10:11)とお語りになりました。主イエスが私たちの羊飼いであるとはどういうことか、それが私たちの人生にどのような影響(祝福)をもたらすのか、そのことが詩篇23篇から分かります。 (詩篇23:4~5)良い羊飼いがい


「世界の王」
2025年12月21日 ・・・ マタイの福音書 2:1~12 暗唱聖句 マタイの福音書 2:11 『 母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 』 今日の聖書箇所には二種類の人たちが出てきます。一方は、自分が王となって人々を支配しようとする人、もう一方は、主である方にお仕えしようとする人たちです。その人たちの姿が私たちに問いかけるのは、「あなたはどちらの生き方を選び取りますか」ということです。 1~12節には、先ほど挙げた後者のタイプの人たちが出てきます。王である方がおられるならば、その方を礼拝しようと考えた人たちです。それは、ユダヤから見て東方の国(おそらくバビロニア地方)にいた博士たちでした。この人たちは、天体の動きを研究し、そこから何かを読み取ろうとする学者でした。星の動きから西の方の国で新しい王が生まれたと判断した博士たちは、(自分たちの王に申し出て許可をもらい)新しい王の誕生をお祝いするために高価な贈り物を携えて、西に向かって旅立ちました。...


「神のひとり子」
2025年12月14日 ・・・ ルカの福音書 2:1~20 暗唱聖句 ヨハネの福音書 3:16 『 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 』 全世界の住民登録をせよという勅令が皇帝アウグストゥスからでました。これは、キリニウスがシリアの総督であったときの最初の住民登録でした。 この住民登録に応じるために、ダビデの家に属し、その血筋であったヨセフも、ユダヤのベツレヘムという町に上って行きました。身重になっているいいなずけの妻マリアも共に登録するためでした。 ベツレヘムは同じように住民登録をしにやってきた旅人でごった返していて、宿屋はどこもいっぱいでした。二人はようやく家畜小屋に泊めてもらえることになりました。そして、マリアはそこにいいいいるあいだに月が満ちて赤ちゃんを産みました。赤ちゃんは暗い家畜小屋の中、ろばや牛の餌を入れる飼い葉桶に寝かされました。 その夜、ベツレヘムから離れた野原では羊飼いたちが眠らずに羊の番をしていました。当時


「インマヌエル」
2025年12月7日 ・・・ ルカの福音書 1:26~38、マタイの福音書 1:18~25 暗唱聖句 マタイの福音書 1:23 『 その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。 』 アドベント二週目は「インマヌエル」、つまり神が共におられることについて考えていきましょう。 1:26以下に、マリアのところへ御使いがやってきた話が記されています。戸惑うマリアに対し、御使いは、これからマリアが男の子を産むこと、名前をイエスと名づけるべきこと、その子はいと高き神の子であるということを告げました。しかし、マリアは状況がよく飲みこめませんでした。処女である自分が妊娠するなんて不可能だと思ったからです。けれども御使いは、聖霊によって子どもを授かることを告げます。そして、マリアの親戚エリサベツが高齢でありながら妊娠したことを思い出させ、このように締めくくったのです。「神にとって不可能なことは何もありません」 マリアはただ主の恵みと聖霊なる神の働きによって男の子を授かることが分かり、自分自身を不可能のな


「神の約束」
2025年11月30日 ・・・ イザヤ書9:1~2、6~7、ミカ書5:2 暗唱聖句 イザヤ書9:6 『 ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。 』 イザヤは、北王国イスラエルがアッシリア帝国によって滅ぼされる前後、また南王国ユダにもその脅威が迫るという激動の時代に、ユダの人々に神のことばを伝えた預言者です。1節にあるゼブルン、ナフタリ、ガリラヤはイスラエルの領土ですが、アッシリア帝国によって最初に占領されてしまう「苦しみ」の地でした。 しかし、イザヤはそのような「闇」の中を歩む人々が「光」を見ると言います。これは、この預言を聞いた当時の人々にとって希望となったでしょう。それと同時に、はるか先に与えられる救い主についても伝えています。 光のある所には、もはや闇はありません。光はその場を明るく照らし、人々に希望や力を与えるものです。また闇の中の光は灯台のように導きを与え、目印となり、行くべき道を示します。神が遣わす救い主(メシア、キリスト)は、まさにそのような存在であることが証しされているのです。この


「ローマへの旅」
B i b l e S t o r y 2025年11月23日 ・・・ 使徒の働き27章~28章 暗唱聖句 使徒の働き 27:25 『 皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じてい ます。 』 エルサレムで逮捕されたパウロは、裁判を受けることになりました。二年ほどの間、裁判は進まず、ローマ市民権をもつパウロは皇帝に上訴し、囚人としてローマに護送されることになったのです。 パウロは、この「使徒の働き」の著者であるルカと一緒に、長い苦難の渡航をすることになりました。航海は途中から、暴風、漂流、難破と、危機的状況の連続となりました。実はパウロはこうなることを予想して警告していたのですが、司令塔である百人隊長がそれを聞かずに出発したのでした。しかし、そうして巻き込まれた苦難の中で、船に乗る人々を支えたのはパウロでした。 船は暴風に翻弄され、人々はもう助からないだろうと絶望していました。しかしその中で、パウロは神からの自分への約束を語ることで人々を励まします。 また水夫が逃げだそうとした時にもいち早く気づき、警告を発しました。その後も人々に食事を
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