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「主の祈り」
B i b l e S t o r y 2025年10月5日 ・・・ マタイの福音書 6:5-15 暗唱聖句 マタイの福音書 6:9 『 天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように。 』 イエスは祈りについて教える時に、まず祈る時の注意を示されました。一つは人の目を気にして祈ってはいけないということです。祈る自分を信仰深いと考えて、その姿を自慢するかのように祈ることを戒めています。祈りながらも。その心が神ではなく人に向かうと、神に祈る喜びは失われてしまうのです。また、ことば数が多ければ祈りはかなうと考えてはいけないと注意なさいました。このような考えは今もありますが、これでは神に心を向ける祈りではなく、たくさん祈る努力に心が向かう祈りになってしまいます。 祈りとは、神だけに心を向け、神と過ごす時間です。そのようにして祈る時には、神が私を愛してくださっていて、私が願いを言う前からすべての必要をご存じであるという神とのつながりのゆえに安心があります。 それからイエスは「あなたがたはこう祈りなさい」と言って、私たちが今「主の祈り」


「ヨシヤの宗教改革」
B i b l e S t o r y 2025年9月28日 ・・・ 列王記Ⅱ 22:1-23:25 暗唱聖句 詩篇 119:11 『 私はあなたのみことばを心に蓄えます。 』 先週の学びで見たヒゼキヤ王は、神様に信頼するよい王様でした。しかし、その後に王となった息子のマナセや孫のアモンは、神様の前に正しい王ではありませんでした。アモンが謀反で殺されると、その息子のヨシヤがわずか八歳で王となりました。ヨシヤは十六歳の時に神様を求め始め、二十歳の時から偶像を取り除くことに力を注ぐようになりました。二十六歳になると、神様の宮の修理に取りかかります。その時、神様は律法の書を発見させるという出来事を通して、真剣に神様を求めるヨシヤに応えてくださいました。聖書には「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます」とあります。このことばの通り、神様を求めるヨシヤに神ご自身が近づいてくださったのです。 律法の書を発見し、その内容を知ったヨシヤは、長い間、国が神の教えに従ってこなかったことに気づいて衝撃を受けました。そして、涙を流して
「大きな喜びの知らせ」
2025年12月21日礼拝メッセージ ルカの福音書 2 :1-21 山本 進 牧師 キリスト教信仰は事実に依拠した信仰です。たとえば一世紀のある日、イエスは十字架刑に処せられて死んだのは事実です。私たちは事実を信じるとは言いません。ところがイエスの死は「私たちの身代わりとなる贖いの死です。」と受けとめたら、これは信仰で、信じる事柄です。 住民登録がありました。本籍地登録でヨセフとマリアはベツレヘムに向かいました。出産予定はまだ先だったでしょうが、イエス様はお生まれになりました。夜、野宿ができる頃でした。 御使いが野宿の羊飼いに会い、大きな喜びとして、罪の赦しという救いの救い主キリストの誕生とその確認のためのしるしを伝えます。そして喜びの賛美がありました。 私たちが見習うのは羊飼いの行動です。彼らは御使いの知らせを好意的に受け止め、それを確認するという思いで一致し、幼子を捜し、知らせのとおりであることを知り、自分たちの事実としました。 私たちも聖書を読み、受け止め、果たしてその通りかと確認して、その通りであったとき、それは個人的な神の導
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