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「神の導き」
2025年12月14日礼拝メッセージ マタイの福音書 1 :18-25 山本 進 牧師 私たちの人生にたいへんなことが起きる。そのとき、どのように振る舞えばよいだろうか。ヨセフにならう。 まず、信仰者として振る舞うことを前提とする。すると、ヨセフは律法を守るということとマリアを守るという相反する事柄に出会った。このとき、彼なりに考えて結論を出した。それが神のご計画かどうか。ご計画でないときは神が介入してくださる。ヨセフの場合、夢に主の御使いが現れ、御心を伝えた。それはヨセフの考えの方向とは違っていた。ヨセフの場合、彼は受け入れ、従い、お委ねした。 私たちが問題に巻き込まれたとき、信仰者として、事態を見つめ冷静に考える。何が問題となるだろうか。信頼できる人に相談するなり、最終的に自分なりの結論を出す。それが主の御心だろうか。信仰的に考えてもよいし、普通に考えてもよい。 主のご計画の内に私たちの考えがあるなら、主はそのように導いてくださる。 ご計画とずれているなら神は介入してご計画を現してくださる。このときは、自分の考えから離れていくので
「神のあわれみ」
2025年12月7日礼拝メッセージ ルカの福音書 1 :5-25 山本 進 牧師 祭司ザカリヤに起こったことを考え、私たちに当てはめてみます。信仰者がみことばを受け入れられないときどうするか。 信じてくれている人に主はあわれんでくださることを受け留める。それが罰を受けたように思えても、何事もなかったかのように、現状を回復し、祝福を与えてくださると信じる。 主がそのようになさるのだから、何も心配せずになされるがままに現状を受け入れて毎日を過ごすのが良いと思う。 一方、それでも、罰と思える損や災難を逃れようとするなら、語られる事柄・出くわした状況を肯定できないながらも、否定はしないことである。 そして、それが人からの話の時、信じられない・受け入れられないと思う事柄が実現していく過程を話してもらい、自分が確認できることを知るために会話を先に進めたら良い。自分で結論を決めつけるのではなく、実現可能と思われる事柄がないか、冷静になって判断することである。しるしの一つ一つを確認できるならゴールにたどり着ける。 罰を受けても元に戻るなら、それはあ


「ヒゼキヤとアッシリヤの王」
B i b l e S t o r y 2025年9月21日 ・・・ 列王記Ⅱ 18-19章 暗唱聖句 列王記Ⅱ 19:15 『 イスラエルの神、主よ。ただ、あなただけが、地のすべての王国の神です。 』 ヒゼキヤは、神様を心から愛したダビデ王のように、神様を愛する王様でした。ヒゼキヤは周りの国からユダの国に持ち込まれていた偶像をすべて破壊しました。国の中に、本当の神様を信じながら、周りの国々のように偶像の神々も礼拝する方が幸せになれると思う人も増えていたのです。そのような国民に対して、ヒゼキヤは、本当の神様ただお一人だけを愛して従い、礼拝するように導きました。神様はそんなヒゼキヤと共にいてくださいました。 その頃、アッシリア帝国という国が周りの弱い国々を滅ぼしながら強大になっていました。そのアッシリアがユダの国にも迫ってきたとき、ヒゼキヤは、「我々南王国ユダは、アッシリアには仕えない」と伝えました。神様に信頼して、「すべての国を支配する本当の神様が共におられる私たちの国は,偶像を拝む国には仕えはしない」と決めたのです。...
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