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「私たちは確かに救われるのか(守られ救われるモーセ)」
2026年8月23日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:23-27 出エジプト記2章、3章参照 山本 進 牧師 1.王の法、権力から守られる(神とどう向き合うか、その接点。) 良心内感情、両親のかわいいという感情。信仰、王を恐れない、神を恐れる両親の信仰。お委ね、主がこれをどう取り扱われるかと、姉は信仰で待つ。良心内感情、王女のかわいそうという感情。その結果、なんとお金をもらいながら母親と暮らせるモーセ。 2.モーセの歩み(同胞に対する思い込み。エジプトから離れる) 大きくなって王女のもとで暮らす(王家の守りの中にある。ピラミッドを建てるほどの最高の学問を学んだことだろう) 転機。モーセは成人して自分がイスラエル人であり、同胞を顧みる。エジプト人と同胞の争い。同胞同士の争い。ここで同胞に受け入れられていないことを知る。同胞からの支持とは思い込み。 エジプトから離れる。図らずもそれは出エジプトのための地形、道のりの事前体験となる。彼はミディアンの祭司とともに過ごす。 3.自己の罪からの救い、異教からの解き放ち 燃える柴で主に会う。罪
「歴史の中の神の奇蹟」
2026年8月16日礼拝メッセージ エステル記 1:1-22 辻村 潤治 牧師 残された民にとって、混乱した時代に頼るべき方は、神の教えとそのみことばしかなかったのです。 「(ペルシア)王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族があります。彼らの法令はどの民族のものとも違っていて、王の法令を守っていません。彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。」(エステル3:8)と言われ、彼らは離れ離れにされ、神殿もない。もちろん周りは偶像ばかり、異邦人ばかり。その中にあって一つの民族として一致するのは、神のことばしか、なかったのではないでしょうか。 この混乱の時代にこそ、12部族の中の心ある者たちはこれに集中したのでしょう。それを支えたのがエルサレムの神殿再建を志した者たちと、移された場所に残り、主のことばを守った、モルデカイ、エステルたちではなかったのでしょうか。 今の日本の中で、私たちは多く見ても1.4%と言われています。私たちは争うわけでもなく、戦うわけでもなく、誠実に生きてゆく民として、神のことば
「ヨセフの遺骸の指示」
2026年8月9日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:20-22 山本 進 牧師 序 11:1信仰は望んでいることの保証であり、目に見えないもの(将来)を確信させるもの。 ヘブル11:22 信仰によって、ヨセフは臨終のときに、イスラエルの子らの脱出について語り、自分の遺骸について指示を与えました。 1. (創世記48章)ヤコブ、ヨセフにカナンの地シェケムを与える ヨセフの最期については、ヤコブはこう申します。48:22 「私は、兄弟たちではなくおまえに、私が剣と弓でアモリ人の手から取った、あのシェケムを与えよう。」 2.(創世記50章)ヨセフの最期 24 ヨセフは兄弟たちに言った。「私は間もなく死にます。しかし、神は必ずあなたがたを顧みて、あなたがたをこの地から、アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。」25 ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたがたを顧みてくださいます。そのとき、あなたがたは私の遺骸をここから携え上ってください」と言った。 3.(創世記15章)ヨセフが受け継いだことば 15:14
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