「神の導き」
- junagrace
- 2025年12月17日
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2025年12月14日礼拝メッセージ
マタイの福音書 1:18-25
山本 進 牧師
私たちの人生にたいへんなことが起きる。そのとき、どのように振る舞えばよいだろうか。ヨセフにならう。
まず、信仰者として振る舞うことを前提とする。すると、ヨセフは律法を守るということとマリアを守るという相反する事柄に出会った。このとき、彼なりに考えて結論を出した。それが神のご計画かどうか。ご計画でないときは神が介入してくださる。ヨセフの場合、夢に主の御使いが現れ、御心を伝えた。それはヨセフの考えの方向とは違っていた。ヨセフの場合、彼は受け入れ、従い、お委ねした。
私たちが問題に巻き込まれたとき、信仰者として、事態を見つめ冷静に考える。何が問題となるだろうか。信頼できる人に相談するなり、最終的に自分なりの結論を出す。それが主の御心だろうか。信仰的に考えてもよいし、普通に考えてもよい。
主のご計画の内に私たちの考えがあるなら、主はそのように導いてくださる。
ご計画とずれているなら神は介入してご計画を現してくださる。このときは、自分の考えから離れていくので、お委ねすることが大切になる。ここが信仰となる。
こうして、私たちは聖書に倣い、その内容と同じ生き方ができる。それは私たちが神の導きを体験するということです。
【本日の聖句】『「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。』
(聖書 新改訳2017 マタイの福音書 1:23)


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