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「私たちは確かに救われるのか(守られ救われるモーセ)」

8月28日
読了時間: 2分

2026年8月23日礼拝メッセージ

ヘブル人への手紙 11:23-27

出エジプト記2章、3章参照

 山本 進 牧師


1.王の法、権力から守られる(神とどう向き合うか、その接点。)

 良心内感情、両親のかわいいという感情。信仰、王を恐れない、神を恐れる両親の信仰。お委ね、主がこれをどう取り扱われるかと、姉は信仰で待つ。良心内感情、王女のかわいそうという感情。その結果、なんとお金をもらいながら母親と暮らせるモーセ。


2.モーセの歩み(同胞に対する思い込み。エジプトから離れる)

 大きくなって王女のもとで暮らす(王家の守りの中にある。ピラミッドを建てるほどの最高の学問を学んだことだろう)

 転機。モーセは成人して自分がイスラエル人であり、同胞を顧みる。エジプト人と同胞の争い。同胞同士の争い。ここで同胞に受け入れられていないことを知る。同胞からの支持とは思い込み。

 エジプトから離れる。図らずもそれは出エジプトのための地形、道のりの事前体験となる。彼はミディアンの祭司とともに過ごす。


3.自己の罪からの救い、異教からの解き放ち

 燃える柴で主に会う。罪の赦し、きよめ。そして、かつての思いが、今、主からの召命となる(出エジプト記:7,9,10)


適用「私たちは確かに救われる}

1.神は私たちと向き合う。

(1)良心の内の純粋な感情・思いがきっかけとなる。

(2)信仰。王を恐れない、神・主を恐れる両親の信仰。お委ねする。「これからどうなるのだろうと主の取り扱いを待つ」姉の信仰。これら信仰でこの世と向き合い、物事を見ていきましょう。

2.神は、モーセにしたように、私たちの罪を赦し、きよめ、その証として神の働きに用いてくださる。

3.モーセが用いられたのは80歳。高齢のときである。私たちにまだ導きはある。神は私たちを信仰によって一瞬のうちに赦し、きよめ、その証としての神の御用を与えてくださる。これらの信仰を育てましょう。



【本日の聖句】『彼は、キリストのゆえに受ける辱めを、エジプトの宝にまさる大きな富と考えました。それは、与えられる報いから目を離さなかったからでした。』

(聖書 新改訳2017 ヘブル人への手紙 11:26)



*良心内感情:感情には、良い動機の感情と悪い動機の感情があると考えて、かわいい、かわいそうとは、良い感情、良心内感情としました。

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