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「神に祈りゆだねる」
B i b l e S t o r y 2025年10月19日 ・・・ サムエル記Ⅰ 1章 暗唱聖句 ペテロの手紙Ⅰ 5:7 『 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。 』 その人の名前はハンナといいます。ハンナにはエルカナという夫がいましたが、エルカナにはペニンナというもう一人の妻がいました。ハンナには大きな悩みがありました。それは、子どもがいないということでした。毎年、家族そろって主の家(神殿)に行き、主を礼拝して食事をする日は、ハンナにとってつらい日でした。子どものいるペニンナが、優越感からハンナをいら立たせることをするのです。主の家で喜びや安らぎを得るどころか、いらだちと怒りでいっぱいになるのでした。 ハンナは思うようにいかない現実の中で深く悩みながら、一番身近な夫にも、それをうまく伝えることができませんでした。苦しみが取り除かれないのは神に見捨てられているのではないかという恐れ、子どもがいないゆえに夫エルカナに申し訳なく思う気持ち、敵対するペニンナに対するいら立ちと怒り
「ユダヤ人の王として生まれる」
2025年12月28日礼拝メッセージ マタイの福音書 2 :1-23 山本 進 牧師 キリスト教信仰は事実に依拠した信仰です。たとえば一世紀のある日、イエスは十字架刑に処せられて死んだのは事実です。私たちは事実を信じるとは言いません。ところがイエスの死は「私たちの身代わりとなる贖いの死です。」と受けとめたら、これは信仰で、信じる事柄です。 住民登録がありました。本籍地登録でヨセフとマリアはベツレヘムに向かいました。出産予定はまだ先だったでしょうが、イエス様はお生まれになりました。夜、野宿ができる頃でした。 御使いが野宿の羊飼いに会い、大きな喜びとして、罪の赦しという救いの救い主キリストの誕生とその確認のためのしるしを伝えます。そして喜びの賛美がありました。 私たちが見習うのは羊飼いの行動です。彼らは御使いの知らせを好意的に受け止め、それを確認するという思いで一致し、幼子を捜し、知らせのとおりであることを知り、自分たちの事実としました。 私たちも聖書を読み、受け止め、果たしてその通りかと確認して、その通りであったとき、それは個人的な神


「求め続ける祈り」
B i b l e S t o r y 2025年10月12日 ・・・ マタイの福音書 7:7-11 暗唱聖句 マタイの福音書 7:7 『 求めなさい。そうすれば与えられます。 』 主イエスは「求めなさい」「探しなさい」「たたきなさい」と言って、諦めないで祈り続けることを教えられました。ただし、どんなことでも祈り続ければ実現すると言っているのではありません。大切なのは何を求めるのかを理解することです。求めるべきものは「神の国と神の義」です。神がほめたたえられ、神に喜ばれる歩みをすることができるように、大胆に、貪欲に神に祈り求めていいとイエスは言われるのです。 私たちが神のみこころにかなった歩みをするためには、まず神のみこころを知る必要があります。私たちが日常で経験すること、人間関係や学校の子と、家族のことでどうしたらいいかと悩む時、神が何を願っておられるかを具体的に知ることは簡単ではありません。だからこそ、、「求め続ける」ことをイエスは励ましておられます。神に信頼して正直な気持ちを祈り続ける時、祈りの中で、自分の願望を超えて、神が願ってお
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