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「死者の中から取り戻す」
2026年7月12日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:17-19 山本 進 牧師 1.神はアブラハムにイサクを献げるよう、試練を与えた。 2.ここでの試練とは(Aから受けるBの試練) Aは元に戻らないことをBに求める。 Bは元に戻らないことをAに求められる。 Aはどう思うか。Bに従って欲しい。 Bはどう思うか。①元に戻る方法が奇跡的に何かあるに違いないと受けとめる。②申し出を拒否する。 3.アブラハムの場合、神の約束が成就するためには ①イサクがほふられて、代わりの子が与えられる ②イサクがほふられても,彼は生き返る ③イサクがそのまま生かされ代わりのものがほふられる 4.上の三つならば、イサクを献げられる。アブラハムは①から③のうち、どれを主が採用されるか、信仰をもって待った。 そうだとするとこのように言える。創世記はアブラハムが主から試練を受けたように書かれるが、アブラハムが純粋に主に従った場合、逆にアブラハムのほうが①②③のうち、どれを主が採用されるか、アブラハムに余裕があることになる。ヘブルの著者はアブラハムが②を考えたと
「天の故郷に憧れる」
2026年7月5日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:13-16 山本 進 牧師 11:13 これらの人たちはみな、信仰の人として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるか遠くにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白していました。11:14 そのように言っている人たちは、自分の故郷を求めていることを明らかにしています。11:15 もし彼らが思っていたのが、出て来た故郷だったなら、帰る機会はあったでしょう。 11:16 しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。 適用 1.私たちも信仰による約束のものを見、みことばを「喜び迎え」て行きましょう。そして、旅人・寄留者。この地上の生涯は仮の姿で、本当の人生は天の御国でと受けとめていくのです。 2.私たちも信仰生活を重ねて行くと、地上で大切に思っていたことが少しずつ手放すことも可能になっていきます。「天に宝を蓄えなさい
「『男性も女性も』同労者」
2026年6月28日礼拝メッセージ ピリピ人への手紙 4:1-14 辻村 潤治 牧師 私たちが一致するには、人のことばも、行動も、主のことばを通して聞き見ることです。狭い人間の心の中の考えに従って理解すると、人は些細な事で一致できなくなるのです。 自分の意見・主張は大切です。しかしそれを言う前に、イエス様や教えられた弟子たちへの、言葉の聖書をよく読んでから、もう一度考えてください。自分の自我やプライド・面子で些細な事にこだわっているのではないか。下手をすると貴方の、その考え方は誤っているかもしれないのです。 【本日の聖句】『最後に、兄弟たち。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて評判の良いことに、また、何か徳とされることや称賛に値することがあれば、そのようなことに心を留めなさい。』 (聖書 新改訳2017 ピリピ人への手紙 4:8)
「信仰によって歩むとは」
2026年6月14日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:8-10 山本 進 牧師 アブラハムの物語から学びます。 v8「相続財産」については霊的、信仰的には神からの相続財産です。神から受け継ぐとは、土地の場合、神の所有ですが、実際それがどこの地であるかわからず、人間的には、その土地の所有者がいるわけです。従う信仰の持ち主は知らないで出て行くのですが、落ち着いたところで遡ってここが召しの行き先であるか考えるのは堅実な歩みです。 v9親子の繋がりには信仰継承があり、「神からの同じ約束をともに受け継ぐ」のです。長い年月を伴う場合には受け継ぐ人が必要です。この受け継ぐことも信仰によって歩むことです。同じ約束の継承者にイサク、ヤコブが選ばれました。 v10、「神の約束の上に建てられた都」から、霊的信仰的な生き方は、天におられる神に基礎を置いた地上の生き方と言えます。アブラハムはこの生き方を選択したのでした。 適用 1.現実の私たちの生活、生き方を霊的・信仰的な表現で表わしてみましょう。 2.霊的、信仰的な表現ができると、目に見えるも
「救いの必要を感じる」
2026年6月7日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:6-7 山本 進 牧師 ノア(慰めの意味)、主の心にかなっていた、正しい人、全き人、神とともに歩んだ(エノク)、神が命じられたとおりにした。(創世記5:29,6:8,9,22) 1.まだ見ていない事柄について神から警告を受けた (1)「神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ようとしている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。見よ、わたしは彼らを地とともに滅ぼし去る。」」(創世記6:13) 「主は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。」(同6:5)ノアは人の悪の小さな傾きに目を留め、その結果、大きな暴虐を予想し、救いが必要と感じたのではないでしょうか。 (2)「あなたは自分のために、ゴフェルの木で箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外にタールを塗りなさい。」(同6:14)「ノアは、すべて神が命じられたとおりにし、そのように行った。」(同6:22)ノアには神に喜ばれるということ、神に近づく者は、神がおら
「さらなる高みへ」
2026年5月31日礼拝メッセージ ピリピ人への手紙 3:1-21 辻村 潤治 牧師 貴方は何を喜ぶか。貴方の神、主に出会えたことを喜ぶのが第一ですとパウロは言います。そのほかのものは、添って与えられるのです。 そしてパウロも内村鑑三も、後のものを忘れ、前に向かって信仰の高みに進みました。それで私たちも、後のものを忘れ、前に向かって信仰の高みに進もうではありませんか。 兄弟・姉妹たち、パウロはキリスト・イエスを捕らえた、理解したなどとは考えていません。私たちの素晴らしい先輩たちは、目に見えないすごく多くの、努力をしているのです。 良き先輩に倣って信仰の高みへと登ってゆきましょう。 (文責 山本進) 【本日の聖句】『私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして追求しているのです。そして、それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。』 (聖書 新改訳2017 ピリピ人への手紙 3:12)
「弟子の信仰が元気になった」
2026年5月24日礼拝メッセージ 使徒の働き 3:13-19 山本 進 牧師 ペンテコステ。 二つの聖霊降臨。一つは、弟子たちが外国語で話したこと。もう一つは、聖霊の導きと思えるペテロの説教です。 ペテロは、聖霊降臨がヨエルの預言の成就であると言います(使徒2:27)。また(同v21)「しかし、主の御名を呼び求めるものはみな救われる」に目が留まります。 ペテロは、イエスの死とよみがえりについて 「あなたがたはイエスを殺した。しかし、神がイエスをよみがえらせた。」(v23、24)、「・・・私たちはみな、そのことの証人です。」(v32)と語ります。その説教は、見たこと聞いたこと、起こったことの証しでした。私たちはよみがえりのイエスにお会いしましたとありのままを語るのです。 v35「ですから、神の右に上げられたイエスが、約束された聖霊を御父から受けて、今あなたがたが目にし、耳にしている聖霊を注いでくださったのです。」と、聴衆も証人ですと語ります。 そして救い主イエスを殺すことに賛成した人々でも悔い改めれば救われるという救いをペテロは確信し
「受け継ぐべき信仰(エノク)」
2026年5月17日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:5-6 山本 進 牧師 序)称賛される信仰v1(保証と確信),v3(この世界は神のことばで造られた。見えるものは見えないものから作られた)v6。 著者の言いたいこと v6信仰の基本は、神に喜ばれることです。神に喜ばれるには神を信じる信仰によるのです。(10:38) その信仰の要件は、神を信じる者、すなわち神に近づく者は、神がおられることを信じます。神は信じられることを、お喜びになられます。 そして、神は御自身を求める者には報いてくださると信じることです。個人的な報いがあることで、個人的に神がおられるという確信が持てるのです。 エノクの信仰は神とともに歩む信仰でした。 v5 信仰によって、エノクは死を見ることがないように移されました。神が彼を移されたので、いなくなりました(創世記5:24)。彼が神に喜ばれていたことは、移される前から証しされていたのです。 適用 1.信仰がなければ、神に喜ばれることはできません(v6)。 私たちは、信仰によって、神を喜びましょう(v5)。...
「受け継ぐべき信仰(アベル)」
2026年5月10日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 11:1-4 山本 進 牧師 信仰 信仰は望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させると聖書は言います。望むのは人。神が保証します。また人には見えないもの、神。今は見えなくても将来ハッキリするものがあります。確信するのは人。確信させるのは神です。 受け継ぐべき称賛される信仰による第一段階の悟り。聖書によればこの世界は神のことばで造られた。創世記の天地創造がそうだと悟ることができます。その結果、見えるものは見えないものからできたと悟ることは第二段階の悟り。目に見えないものに遡って考えることができます。 アベルの信仰 アベルの①すぐれたいけにえ、②正しい人、③良いささげ物とは何でしょうか。①と③はアベルの、羊による罪の赦しの贖罪も良しとする信仰のことで、自らもいけにえとなることを良しと考える良いささげ物でした。②の正しい人とは、神を信じることで与えられる義認です。私が考えるには、アベルは父と母が罪を犯す前は神さまと声を通して自由に交わりをしていたという話を聞いていたと思います。それ
「わたしの義人は信仰によって生きる」
2026年5月3日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 10:32-39 山本 進 牧師 序(1) 可逆反応。A→B、B→A。(変化しても元に戻ること) (例)塩を水に溶かす。食塩水から塩を取り出す。 同じ様なこと(方向が逆のこと)が信仰にもある。 「信仰義認」と今日の題、「義人信仰生存」。信じて義と認められる。義人は信仰によって生きる。 (2)可逆反応は一方は楽で、もう一方はたいへん。 「信仰義認」は信じるだけ。「義人信仰生存」は生き続けることが必要。 本論1.ヘブル10:32~39は「義人信仰生存」の大変さを語る。 (1)忍耐。 (2)信仰で生きないと神は喜ばない。神は信じていくお方。 適用 1.「義人信仰生存」は大変であると理解すること。それでも、私たちはすでに救われた存在であることを忘れないこと。 2.信仰を証しして、辛いことがあっても、私には責任がなく、神の出来事であると受けとめること。そして、信仰的にも、この世的にも、主キリストがそのことを緩和してくださることを受けとめること。 3.私たちの出来る範囲で主キリストを信
「一つの思いへの勤め」
2026年4月26日礼拝メッセージ ピリピ人への手紙 2:1-18 辻村 潤治 牧師 神は、あなたにふさわしいと考えられた思いをあなたの心の中に志として示して下さいます。それは神の御霊があなたの心に存在し、願いを起こさせ、働き方まで指し示し、働きを成し遂げてくださるのです。それは御霊が共にいて下さるからです。 たとえ一時は旨くゆかないとか、道を外れてしまったのでは、と思われる時もあるかもしれません。でも主のみ心を疑わずに、一歩ずつ進みなさい。なぜなら、神の道筋は一つではないからです。あなたが初めの志からズレたように見えても、神に示された志の方向さえ間違わなければ、あなたを非難する邪悪な世にあっても、あなた自身は傷のない神の子供として生き、天の御国へイエス様のように迎えられるのです。 あなたには、神の子イエス様から与えられた、いのちのことばがあるではないですか。しっかりそのことばを握りしめ、この悪しき世にあって光り輝き、あたりを輝かせる灯台のように輝きなさい。そうなれば、あなたの努力は無駄にはならず、イエス様が良くやった忠実な僕よと受け入れ
「キリスト・イエスにつくバプテスマ」
2026年4月19日礼拝メッセージ ローマ人への手紙 6:1-11 山本 進 牧師 パウロは、罪のほうに問題があり、私たちの罪が処理されれば良いことを語るためにキリスト・イエスにつくバプテスマのことを語ります。 罪から離れたクリスチャンに導かれるには、キリスト・イエスにつくバプテスマを受けることです。それはキリストと同じようになる、一緒にされるということです。 キリストの死と復活はセットです。それで、キリストが十字架に架かって葬られたので、私たちも葬られました。またキリストがよみがえりましたので、私たちも新しく生きるようにされたのです。 葬りは私の古い人・罪のからだが滅ぼされることです。そうすると罪の奴隷ではなくなること。罪から解放されるのです。死んだ者は罪から解放されていると受け取ります。 キリストはよみがえりによってもはや死ぬことはありません。神に対して生きています。私たちも永遠のいのちが与えられる信仰を持ち、信仰が与えられてからは神に対して生きます。神に対して生きることで罪から離れて行くのです。 適用 1.今日私たちが受け入れる福音
「励まし合いましょう」
2026年4月12日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 10 :19-31 山本 進 牧師 1.新しい救いに入るv19。それは聖所に入ること。 ここでの聖所は地上では至聖所のこと(9:2)を表わし、天上のまことの聖所(9:11,24)を表わします。 (1)私たちの救い主イエス・キリスト。神の家を治める偉大な祭司v21。神の家は天の御国、地上では教会、信仰世界です。 (2)救いの方法。 ①イエスの血によってv19。罪が赦されるには血が流される必要があります。すなわち、誰かが身代わりの犠牲となることです。聖餐式ではぶどうです。②イエスの肉体という垂れ幕v20を通して。 神にお会いする所は垂れ幕で仕切られています。その垂れ幕が除かれることによって聖所に入ることができます。聖餐式ではパンです。 このように新しい救いに入る道がイエス・キリストによって備えられました。 2.新しい救いに入る備え 新しい救いに入るためには、救われる人のきよめが必要です。それは心のきよめと身体のきよめです。(1)心のきよめは信仰的に受けとめます。心に血が振りかけられてv22邪悪
「よみがえられたイエス」
2026年3月29日礼拝メッセージ ヨハネの福音書 20 :1-31 山本 進 牧師 よみがえられたイエスさまを巡ってトマスの信仰を見ていき,見ないで信じることを考えます。(理解の土台はヨハネ17:17~20のみことば:キリストの願い:神のみわざの目撃者、体験者の話を聞いてわたし(イエス)を信じる人の為にも同じ恵み(聖別他(v21~26も))がありますよおうにという願い(v20)。受け継ぐ信仰:神のみわざの目撃者、体験者の話を聞いて真と受けとめイエスを信じる。) 1.v1~10 お墓の状況(マグダラのマリア、ペテロ、ヨハネが目撃者) 2.v11~16 よみがえりのイエス、マリアに会う(同マリアが体験者) 3.v17~18 イエスのことばとマリアの証(同マリアが体験者) 4.v19~23 イエス、弟子に会う(弟子たちが体験者) 5.v24~29) 見ないで信じるkoto(目撃者、体験者のことばを聞いて信じること。トマスは体験者の話を聞く人の立場だった。でも信じられなかった。やむを得ずイエスはトマスを体験者にした。トマアスに体験者である弟子たちの
「十字架のイエス」
2026年3月29日礼拝メッセージ ヨハネの福音書 19 :17-42 山本 進 牧師 今日の聖書の箇所で奇妙なこと なぜ、イエスは、母マリアの老後の生活を家族(4人の兄弟、二人の妹の誰か)に頼まないで、ヨハネと思われる弟子に委ねたのか? イエスは、当時、まだイエスを信じることができなかった兄弟姉妹よりも、信仰の弟子、ヨハネに母のお世話を頼んだのではないか。このことによって、イエスは、教会には、家族を飛び越えた受けとめ方があることを私たちに伝えたと思われる。 キリスト教の信じ方(イエスの発言を土台に) v35 これ(イエス・キリストの十字架刑)を目撃した者が証ししている。それは、あなたがたも信じるようになるためである。その証しは真実であり、その人は自分が真実を話していることを知っている。(ヨハネ19:35) 1.神のことば・みわざを直接的・間接的に体験する(私たちの身近な体験も含めて)。 2.1.の体験者のことばを真として信じ受けとめる(聖書のことばを信じる) 例 キリストの聖別、弟子たちの聖別に関
「聖なる日を大切に」
2026年3月22日礼拝メッセージ 創世記 1:26-2:3 辻村 潤治 牧師 神はこの礼拝(創世記2:3)を聖と俗に別つ時と教えておられるのではないでしょうか。全てのものを分けて創造されたように、聖と俗に分けるということで、最後の一日を聖とし、神と共に礼拝を行い、世俗の働きを止めることを、神は喜ばれるのではないかと思うのです。 このような礼拝を思うとき、現在の私たちの礼拝のあり方に三つの方向性があります。従来のような集まっての礼拝、インターネットを含む新しい技術を使った礼拝(礼拝者の場所を問わない礼拝)、そして二つの方法を使い分け、融合させてゆく礼拝。私たちはいずれかを選ぶような時が来るのではないでしょうか。良い所を伸ばし、不足な所を新しく補いつつ、一人一人が生かされ、大切にされた教会に築き上げられる時が来るのではないでしょうか。(文責 山本進) 【本日の聖句】『神は第七日に、なさっていたわざを完成し、第七日に、なさっていたすべてのわざをやめられた。神は第七日を祝福し、この日を聖なるものとされた。その日に神が、なさっていたすべての創造のわ
「神は罪や不法を思い起こさない」
2026年3月15日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 10 :11-18 山本 進 牧師 1.v11 古い契約の欠陥は人を完全にできないこと、罪を取り除くことが出来ないことです。では人はどのようにして救われるのでしょうか。二つのことが必要です。人の罪を取り除くことと、裁き主が罪と不法を思い起こさないことです。 2.罪を取り除く v12(成すこと)天上の大祭司キリストは罪のために御自身の地上のからだを人類すべての人の罪のためにいけにえとして十字架で献げられました。そして、よみがえられて、天に昇り、永遠に神の右の座に就かれました。v13(委ねること)その後は、神が人を誘惑して罪を犯させる敵を捕らえてご自分の足の下に置き、永遠のさばきをする日を待っておられるのです。すなわち、主にお委ねし、そのみわざが完結するのを待つのでした。なぜならv14キリストは、聖なるものとされる人々(ご自分を信じて救われる人々)の救いを永遠に完結されたからです。 3.罪と不法を思い起こさない v15著者はみことばを聖霊の証しと受け取ります。v16 新しい契約・イエスの十字架は
「聖なるものとされる」
2026年3月8日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 10 :1-10 山本 進 牧師 1.v1完璧を求めた著者 実用主義であれば神に近づく人々をまあまあにできる。それでよいかも知れませんが、著者は完璧を求めています。 2.v2~4影が完全ではない証 モーセの時代から続いている律法によるきよめは不完全であった。一度できよめられれば、もはや罪を意識することがないはず。でもそうでなかった。影では罪を取り除くことができないのでした。 3.v5~10新しい契約、キリストの方法 (1)神の備えと心情 v5「わたしに、からだを備えてくださる」著者は9:23「それ以上にすぐれたいけにえ」のことを語っています。雄牛や雄やぎに変わってキリストがいけにえになる。そのためのからだ。それは死なれて血を流すためのからだでした。 v6神はいけにえを喜んでいなかった 地上のきよめのささげ物は不完全のため、喜ばれていなかった。 (2)v7~9キリストの申し出 神が求めた完全ないけにえ。そのいけにえになる方の申し出がある。「今わたしはここに来ております。神よ。あなたのみここ
「キリストは救いのために来られる」
2026年3月1日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 9 :15-28 山本 進 牧師 初めの契約、旧約「律法を行うことで救われる」という救いが成し遂げられず、その違反によって罪に定められるところから、イエス・キリストは、ご自分がいけにえとなり人々を贖い出す(犠牲を払って救い出す)ための死を実現されました(v15)。 血を流すことがなければ罪の赦しはありません(v22)。また新しい契約は遺言の形を取った契約でした。(v16、17)死があって初めて有効となる形です。そして、その契約は神と人との直接の契約ではなくて、二つの契約、神と仲介者キリスト・イエスとの契約、そして仲介者イエス・キリストと人との契約が合わさった契約、すなわち神と仲介者と人との契約の形を取りました(v15)。 こうして、これらを満足する仲介者・神の子キリストの死で人々を罪に定められたところから贖い出す救いが実現したのです。 キリストが再臨なさるとき、ご自分を待ち望んでいる人々を救うために来られます。「イエス・キリストを待ち望む信仰」が私たちの信仰の中にあるべきです。このこと
「新しい聖所と大祭司」
2026年2月22日礼拝メッセージ ヘブル人への手紙 9 :1-14 山本 進 牧師 1.二つの聖所があ意味 ①一つの聖所では完結しないことを暗示している。それで聖所と至聖所がある。②天上の誠の聖所の影である地上の聖所では完結しないことを暗示している。③-1 天上のまことの聖所を明らかにし、③-2 そこに至る道を明らかにすることが求められる。 v8.12の明らかな矛盾した記述をきっかけに考える。 聖書の表現 「第一の幕屋」 「聖所」 地上では 聖所v2 至聖所v3 天上では 地上の聖所 天上のまことの聖所 2.まことの聖所の果たす目的 ③-1 礼拝をする人の良心を完全にすること。それは地上においては難しいが、信仰によってそれを求め、天においてそれは完成します。 3.イエス・キリストによる実現 ③-2 イエス・キリストは天上の大祭司であられ、地上においては、ご自身の血で、ただ一度で、すべての人の永遠の贖い(ご自身のもとへの買い戻し)を成し遂げられました。そっれで、受け入れられたすべての人々は完全な良心を取り戻すのです。すなわ
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