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「インマヌエル」

  • 2月26日
  • 読了時間: 3分

2025年12月7日

・・・ ルカの福音書 1:26~38、マタイの福音書 1:18~25

暗唱聖句 マタイの福音書 1:23

その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。


 アドベント二週目は「インマヌエル」、つまり神が共におられることについて考えていきましょう。

 1:26以下に、マリアのところへ御使いがやってきた話が記されています。戸惑うマリアに対し、御使いは、これからマリアが男の子を産むこと、名前をイエスと名づけるべきこと、その子はいと高き神の子であるということを告げました。しかし、マリアは状況がよく飲みこめませんでした。処女である自分が妊娠するなんて不可能だと思ったからです。けれども御使いは、聖霊によって子どもを授かることを告げます。そして、マリアの親戚エリサベツが高齢でありながら妊娠したことを思い出させ、このように締めくくったのです。「神にとって不可能なことは何もありません」

 マリアはただ主の恵みと聖霊なる神の働きによって男の子を授かることが分かり、自分自身を不可能のない主にゆだねました。

 マリアと婚約していたヨセフは、マリアが妊娠したことを知って、驚き、また苦しんだことでしょう。どうしたらよいかと悩んだ末に、内密に婚約を解消しようと考えました。当時のユダヤ人社会では、婚約期間中に妊娠することは許されないことであり、最悪の場合は不貞の罪で石内の刑となるからです。ヨセフは、愛するマリアが処罰されたり、周囲からの非難を受けたりしないですむ方法を考え続けていました。

 そんなヨセフにも、御使いが語りかけてくれました。夢の中で「恐れずにマリアを妻として迎えなさい」と励まし、生まれる子どもがどのような子かを伝えます。人々の反応を恐れ、マリアを守ろうと必死に悩み考えていたヨセフデスガ、マリアの妊娠が神のご計画であるとわかり、御使いのことばに従いました。神に従うことで起こりうるリスクを主にゆだねたのです。

 (マタイ1:22~23)イエスの誕生は、その七百年も前に語られていた預言の実現であり、イエスによって「神が私たちとともにおられる」ということが実現したと聖書は語っています。

 クリスマスの時期、街中にハッピーな雰囲気が漂う中、見えない神よりも見える楽しみを求めることがあるかもしれません。しかしイエスは、私たちがたとえイエスを求めていなくても、私たちと同じ人間となられ、この地上に、私たちの目の前に来て、「あなとと共にいつ」と語りかけてくださるのです。目に見えるものは私たちに一時的な幸せを与えてくれますが、心のどこかで満たされない思いを抱えていることはないでしょうか。居場所を探し求める私たちに、「見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」と言ってくださる主がおられます。田舎町の少女マリア二も、人間的な考えが先行するヨセフ二も、主が共におられることを忘れやすい私たちにも、恵みを一方的に与え、決して離れることなく共にいてくださいます。不可能ない方、罪から私たちを救い、約束を必ず果たしてくださる主が、いつまでも共にいてくださることを覚えましょう。


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