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「私たちの羊飼い」

  • 4月17日
  • 読了時間: 2分

2025年12月28日

・・・ 詩篇23篇

暗唱聖句 詩篇23:1

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。


 先週は、主イエスが私たちの真の王としてお生まれになったことを見ました。主が正しい統治をするならば、民はその国で幸せに生きることができます。同じことは羊飼いと羊についても言えます。羊は弱く迷いやすい動物ですが、羊飼い(牧者)の適切な導きと守りによって、安全に生きることができます。この詩篇の作者であるダビデはイスラエルの良い王様として有名ですが、もともとは羊飼いでした。その経験から、羊の特徴や羊飼いの役目をよく知っていました。王になってからも、神との関係においては、神が羊飼いであり、自分はその羊であると実感していたので、この詩篇を作ったのです。

 神であり王である主イエス御自身も、「わたしは良い牧者です」(ヨハネ10:11)とお語りになりました。主イエスが私たちの羊飼いであるとはどういうことか、それが私たちの人生にどのような影響(祝福)をもたらすのか、そのことが詩篇23篇から分かります。

 (詩篇23:4~5)良い羊飼いがいたからといって、羊たちが何の問題もなく生きられるわけではありません。「死の陰の谷」を歩み、「わざわい」に遭い、「敵」(敵対者や苦難などに苦しめられる)ことがあるのです。クリスチャンだからといって、苦難や悲しみのない人生を無条件で送ることができるわけではありません。

 しかし、羊である私たちの人生がそのようなものだからこそ、羊飼いである主イエスが共にいてくださる意味があります。23篇の中で教えられている、羊飼いの守りによる祝福を挙げてみましょう。乏しいことがない(1節)。緑の牧場に伏させ、水辺に連れていってくださる(2節)。魂を生き返らせ、正しい道に導いてくださる(3節)。人生の暗黒ともいえる日々にあっても共にいてくださる(4節)。私たちが迷うとき、選択を誤ることなく正しい道に進むことができるように、むちと杖をもって導いてくださる(4節)。敵と対決しなければならないようなときにも食事を整え、香油をもって心身を整え、養い、力を与えてくださる(5節)。人生の続く限り、「いつくしみと恵み」とに包まれ、守られて生きることができる(6節)。何よりも、羊飼いである主を礼拝し、主と共にいることのできる幸いは、今生きている人生だけでなく,その後の永遠の世界にまで及ぶのです(6節)。

 こうした祝福を私たちに与えるために、神であるイエスが人となって生まれ、貧しく厳しい生活を送り、十字架の死を経験し、復活してくださったのです。日々、「「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません」と感謝の気持ちを主に告白し歩んでいきましょう。


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