「いのちを献げる(神に誓願したエフタ)士師記10、11章」
2026年10月11日礼拝メッセージ
ヘブル人への手紙 11:32-34
山本 進 牧師
考察
1.エフタは遊女の母親の手で育てられたと思うが、当時としてはきちんとした信仰の家庭を築きエフタを育てた。エフタもごろつきとともに若い時代を過ごしたが、その生き方まで崩れておらず、家庭を持っては、親子関係も主を中心に、娘さんも両親と同じ主に従う信仰を持っていた。主を第一とし、誓願したことは果たす信仰を持っていた。
2.この物語は当時のイスラエルに受け入れられた価値観で語られています。この聖書を受け入れますが、現代の日本では信仰で家族を死なせることは殺人になるので適用はいたしません。それ以外のことで学べることは学びます。
3.誓願、誓いに関して、イエス・キリストは「誓うな」と教えています。マタイ5:33ですから、誓うときは、犠牲を伴うも果たせる誓いであること。自分や他人の命の取扱をしない誓いであることが求められます。
4.誓い、約束を、エフタの誓願から学ぶことは、誓いは口から発せられることがすべてである、ということです。エフタの心は、私を出迎えるのはしもべ、しもめ、使用人であり、家族は思っていなかった、でしょう。
しかし、口から出たことばは誰であるか指定されていなかった。家族も含まれていた。神は当然エフタの心も見られていますが、誓願は、口から発せられたことがすべてであります。
よく考えて、最終発言することでしょう。
5.娘さんは旧約の教えを守り、父親の信仰を守るため、父の誓願通りにした。あっぱれな最期だった。
【本日の聖句】『すると、娘は父に言った。「お父様、あなたは主に対して口を開かれたのです。口に出されたとおりのことを私にしてください。主があなたのために、あなたの敵アンモン人に復讐なさったのですから。」』
(聖書 新改訳2017 士師記 11:36)


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