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「若者エリフの問い」

  • 2025年7月22日
  • 読了時間: 1分

2025年7月20日礼拝メッセージ

ヨブ記 32:1-22

 辻村 潤治 牧師


 エリフは三人の先に語った者たちと違って、ヨブの正しさを認めます。そして、ヨブが神に向かって訴える言葉を取り上げます。ただし、神の知識、知恵はもっと偉大であり、ヨブの訴えを神ご自身は、すでに分かっていると言います。ただその答は、誰にも知らされていないと。その時をヨブは待たなければならないと言うのです。

 それでは、私たちは神に苦痛を、悩みを訴えられないのでしょうか。神は聴く耳を持っておられます。ただし、信仰の弱い者に語ってはならないと言われるのです。神は、「わたしに語りなさい、わたしが直接聞く、ただし、いつ解決の時が来るのか、それは、その人は知ることはできない。神の創造されたこの世界が、何時最後となるのか、誰も知らないのと同じである」と言われます。


【本日の聖句】

『23節 もし彼のそばに、一人の御使いが、千人に一人の仲介者がいて、その方が彼に代わって彼が誠実であることを告げてくれるなら、24節 神は彼をあわれんで仰せられる。「彼を救って、滅びの穴に下って行かないようにせよ。わたしは身代金を見出した」と。』

(聖書 新改訳2017 ヨブ記 33:23、24

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