「宝と見る目」
- junagrace
- 2021年3月21日
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2021年3月21日礼拝メッセージ
マタイ13:44-46
山本 進 牧師
1,六つの天の御国のたとえ。このうち最初と最後、毒麦と良い麦の話と良い魚を集める話は分けるという話で、選ばれるか、捨てられるかの話です。中の四つは選ばれるポイントや誰が選ばれるかという話。からし種とパン種は、初めは小さくても後で大きくなることをいう。これがまことの信仰を表し、その信仰を持っている人が選ばれるということ。隠された宝の話と良い真珠を捜している商人の話は、価値のあるものとそれを見極める人のことです。(マタイ13:24-50)
2.天の御国のたとえは最後の審判の話です。世の終わりがあって、神を信じるある人にとっては祝福のことばや神の受け入れ、ある人にとって神に捨てられることです。
隠された宝とは何でしょうか。それは、神の御国であり、そこにおられる神であり、この主なる神、父なる神様に受け入れられることが宝なのです。そして、、そのことを伝えにこの世に来られたイエス様が宝であり、十字架による私たちの罪からの救いも宝なのです。そして、それらが宝と分かる信仰も宝であり、その信仰に導かれ、その信仰を持ち、救われた人が天の御国だとイエス様は言われるのです。宝を求めましょう。
【本日の聖句】天の御国は畑に隠された宝のようなものです。その宝を見つけた人は、それをそのまま隠しておきます。そして喜びのあまり、行って、持っていつ物すべてを売り払い、その畑を買います。(聖書 新改訳2017 マタイ13:44)
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