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「励まし合いましょう」

4月14日
読了時間: 3分

2026年4月12日礼拝メッセージ

ヘブル人への手紙 10:19-31

 山本 進 牧師


1.新しい救いに入るv19。それは聖所に入ること。

ここでの聖所は地上では至聖所のこと(9:2)を表わし、天上のまことの聖所(9:11,24)を表わします。 (1)私たちの救い主イエス・キリスト。神の家を治める偉大な祭司v21。神の家は天の御国、地上では教会、信仰世界です。 (2)救いの方法。 ①イエスの血によってv19。罪が赦されるには血が流される必要があります。すなわち、誰かが身代わりの犠牲となることです。聖餐式ではぶどうです。②イエスの肉体という垂れ幕v20を通して。 神にお会いする所は垂れ幕で仕切られています。その垂れ幕が除かれることによって聖所に入ることができます。聖餐式ではパンです。

 このように新しい救いに入る道がイエス・キリストによって備えられました。


2.新しい救いに入る備え

新しい救いに入るためには、救われる人のきよめが必要です。それは心のきよめと身体のきよめです。(1)心のきよめは信仰的に受けとめます。心に血が振りかけられてv22邪悪な良心をきよめられv22。良心は元々良いものなのに邪悪な良心と変な表現です。(仮定)「良心とは最初神がアダムとエバを造られたときの心だとします。」それは良かった。それが罪によって邪悪なものとなった。それで邪悪な良心と表現されていると考えました。邪悪な良心をきよめるとは悔い改めの決意と告白です。 (2)からだのきよめは、きよい水で洗われます。これは洗礼として受け継ぎます。悔い改めを告白した方が受けるのです。

 こうして備えられた方法を全き信仰v22で受けとめます。全き信仰とは心からイエスを信じ、イエスの救いに信頼することです。そして、勧めがされます。


3.勧め

a 真心から神に近づこうではありませんかv22。疑うことなく純粋にということです。

b 真実な方は約束を守られる。不信仰なって動揺しないでv23、しっかりと希望を告白し続けることです。v23希望は、イエスが再び来られて救いが必ず来ること(9:28)

c 信仰の現れである愛と善行を促し合いますv24。できるのに不足していたら、だれが偉いということではなく、お互いに注意をし合う。

d 習慣に倣って集まりをやめたりせずv25。どんな習慣、あり方でしょうか。(仮定)「全体で集まることをやめる。小さな単位で集まり、単位毎に連絡し合う。」これでもよいかと思います。しかし、これを否定して「全体で集まる、小さな単位でも集まる」としてみましょう。全体で集まるは、組織を大切にする。人の集まりの共通な部分を大切にする。小さな単位でも集まる。小さな単位は個別、構成員を大切にする。これを両立するために励まし合う。共存するために少々自分の主張を控える。個別を受け入れるために切り捨てず弾力性を持つ。このとき励ましが必要。それぞれ自分の不足を互いにみんなで補い合うというのはどうでしょうか。

 そして、著者はもう一度希望を言います。その日(キリストが来られる日)が近づいていることがわかっているのですから、信仰を持つことに励まし合いましょうv25


【本日の聖句】『ある人たちの習慣に倣って自分たちの集まりをやめたりせず、むしろ励まし合いましょう。その日が近づいていることが分かっているのですから、ますます励もうではありませんか。』

(聖書 新改訳2017 ヘブル人への手紙 10:25)

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