top of page

「人々を解放するイエス」

  • junagrace
  • 2025年9月23日
  • 読了時間: 2分

2025年9月21日礼拝メッセージ

ヘブル人への手紙 2:10-18

 山本 進 牧師


 ヘブル人への手紙の著者は、イエスが低くされ、死の苦しみを受けられたことで、御子と同じ栄光と誉れを受けたことで、御子がイエスであることを記しました。

 そして、イエスが低くされ多くの苦しみを経て完全な者とされたことは神にふさわしいと語ります。

 さらに、聖とする方イエスと聖とされる者信仰者が一人の方神から出ておられると語って、神、イエス、私たちの一体観を告げました。

 また著者はイエスが私たちと同じ血と肉を持たれたお方であることを語ります。イエスが神であり、また人であることです(イエスの神人二性一人格)。

 イエスが人となられたのは、大祭司として神に仕えるためでした。また、よみがえられたことで死と死を支配する悪魔に打ち勝ち、私たちの死の恐怖感を信仰によって取り除き、死の恐怖感から解放してくださいました。同時に、主は人として私たちと同じ多くの苦しみを受けられたので、私たちを助けることができるのです。

 このように、イエスは信仰によって私たちを助けに来られたのでした。私たちはこのイエス様を信頼し、信じることで大いに助けられましょう。


【本日の聖句】『そういうわけで、子たちがみな血と肉を持っているので、イエスもまた同じように、それらのものをお持ちになりました。それは、死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした。

(聖書 新改訳2017 ヘブル人への手紙 2:14、15

最新記事

すべて表示
「ユダヤ人の王として生まれる」

2025年12月28日礼拝メッセージ マタイの福音書 2 :1-23  山本 進 牧師  キリスト教信仰は事実に依拠した信仰です。たとえば一世紀のある日、イエスは十字架刑に処せられて死んだのは事実です。私たちは事実を信じるとは言いません。ところがイエスの死は「私たちの身代わりとなる贖いの死です。」と受けとめたら、これは信仰で、信じる事柄です。    住民登録がありました。本籍地登録でヨセフとマリア

 
 
「大きな喜びの知らせ」

2025年12月21日礼拝メッセージ ルカの福音書 2 :1-21  山本 進 牧師  キリスト教信仰は事実に依拠した信仰です。たとえば一世紀のある日、イエスは十字架刑に処せられて死んだのは事実です。私たちは事実を信じるとは言いません。ところがイエスの死は「私たちの身代わりとなる贖いの死です。」と受けとめたら、これは信仰で、信じる事柄です。  住民登録がありました。本籍地登録でヨセフとマリアはベツ

 
 
「神の導き」

2025年12月14日礼拝メッセージ マタイの福音書 1 :18-25  山本 進 牧師  私たちの人生にたいへんなことが起きる。そのとき、どのように振る舞えばよいだろうか。ヨセフにならう。  まず、信仰者として振る舞うことを前提とする。すると、ヨセフは律法を守るということとマリアを守るという相反する事柄に出会った。このとき、彼なりに考えて結論を出した。それが神のご計画かどうか。ご計画でないときは

 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page