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「ヨブへの神のことば」

  • 2025年8月22日
  • 読了時間: 2分

2025年8月24日礼拝メッセージ

ヨブ記 38:1-41

 辻村 潤治 牧師


 エリフはヨブの主張を認めました。ただその答の中で、一つは「神の答には時がある」と言いました。二つには「神は色々な方法で答えられるが、人はそれを受け取れない時がある。それを知る事でした」。

 そして神はここでエリフとは別にもう一つの答をします。貴方の知る知識、知恵は僅かな事であること。現代の私たちの知恵や知識でも到底出来ないこと、分からないこと、そのくせ、素晴らしく、かわいらしく、恵み豊かである事実が知らされます。ヨブは自分の愚かさを知ります。

 ヨブの苦しみの意味は、彼が、エリフや神様と出会って、何を知るかが大事だからです。エリフもヨブも良き仲保者を望むことによって、新約聖書のイエス様への道を開いたことが、素晴しいと私は思うのです。人間ヨブは苦しみの中から聞きます。神と人間の間に立つ存在は居ないのかと。

 神の代弁者と思われるエリフは次のように期待します。ヨブ記33:23 もし彼のそばに、一人の御使いが、千人に一人の仲介者がいて、その方が彼に代わって彼が誠実であることを告げてくれるなら、

 33:24 神は彼をあわれんで仰せられる。「彼を救って、滅びの穴に下って行かないようにせよ。わたしは身代金を見出した」と。


【本日の聖句】

『非難する者が全能者と争おうとするのか。神を責める者は、それに答えよ。』

(聖書 新改訳2017 ヨブ記 40:2

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