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「この時のため」

  • 2024年12月30日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年12月31日

2025年1月1日礼拝メッセージ

エステル記 4:1-17

 辻村 潤治 牧師


ヨセフが兄弟たちに裏切られて、長い間牢に閉じ込められ、何回も私は無実だと言っても聞かれず、助かりそうになると忘れられ、長い間ヨセフは苦しみました。


同じようにエステルもモルデカイも捕囚され、色々な道を通され、良いことも、大変な労苦も味わったことでしょう。しかし、二人ともその場その場において、誠実に直に勤め、自分の信仰は曲げないが、誰に対しても、敵の王でも、宦官の侍従でも、従う時は従い、誠実に勤めるのです。

ヨセフも同じです。長年牢屋の中で生活した彼は、その中で主に従い誠実に働いたのです。


だからこそ、神は「この時の為に、モルデカイを、エステルを、ヨセフをここに配置したのです」。

皆さんはどうでしょうか。私は何もできないのではなく、私がここにいるのはこの時の為であると考えられないでしょうか。花婿が何時来られるのか、私たちは知らないのです。それでも私たちは主の前に誠実に働くのです。


【本日の聖句】

モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない。

もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」

(聖書 新改訳2017 エステル記 4:13、14

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