「神が働かれる(とはどういうことか)」
2026年9月6日礼拝メッセージ
ヘブル人への手紙 11:27-29
山本 進 牧師
「神が働かれる(とはどういうことか)」。
それは、始めに預言、すなわちことば(発言)があって、その後にその預言が(神がかり、不思議で)実現することで、神が働かれたと受けとめる(イエスのことば、ヨハネ13:39、14:11)。
v27 「信仰によって、彼は王の憤りを恐れることなくエジプトを立ち去りました。目に見えない方を見ているようにして、忍び通したのです。」をファラオに対する十の不思議(出エジプト7~10章)に対応と考えて見る。
はじめは出エジプトの要求ではなかった。三日の道のりを離れての、主を礼拝することだった。それを拒絶するファラオと、それでも忍耐してファラオに向き合うモーセがあった。神はファラオに神を恐れることを伝える神の十の不思議を行う。
頑なさに見るファラオのプライドと立ち位置。自らが太陽神の子、ファラオにとっては自らが神。簡単に奴隷の民の要求を呑めるか。
v27 モーセの信仰 彼は、目に見えない方を見ているようにして、(ファラオの憤りを)忍び通した。 エジプト人を殺したモーセ。40年異教の祭司の家で過ごした。が、燃える柴で罪が燃え尽くされ(る思いが与えられ)、イスラエルを顧みる思いだけが残った。履き物を脱ぐことで聖なる地に立つことを許された。神はモーセを召命し、ファラオ、民に対して神の位置を与えた。最後の反対者の渋々だが、その合意が得られた(血の花婿、出エジプト4:25)。
適用 1.はじめにことばを語り、その実現のために祈りましょう。そこには忍耐が入ります。謙遜に導かれます。
2.イエスを信じる私たちは、その罪が赦されています。それを確信する働きに導かれます。このことを信じましょう。
3.神(主のことば)を恐れましょう。主のことばを恐れるとは、主のことばを心にとめ、それに従うことです(出エジプト9:20)。
確信が与えられたことに対しても同様です。
【本日の聖句】『信仰によって、人々は乾いた陸地を行くのと同じように紅海を渡りました。エジプト人たちは同じことをしようとしましたが、水に呑み込まれてしまいました。』(聖書 新改訳2017 ヘブル人への手紙 11:29)


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